函館の景観は、埋め立てと運河の賜物

 早いもので、2019年も、大晦日を迎えました。

 さて、来年は、いよいよ東京オリンピックの年ですね~。

 さらに、その東京オリンピック』では、札幌がマラソンの開催地となり、東京以外では、唯一遠地での開催地となります。

 これで、札幌にも大勢の方が来ることが予想されますし、中には「ついでに、函館も寄ってみようか・・」という、奇特な方もいることと思います。

 是非、そう願いたいものです。

 

 さて、今回は、『函館の景観は、埋め立てと運河の賜物』ということを書かせてもらいます。

 函館への観光客の方で、西部地区のベイエリアを訪れない方は、まずいないと思います。それほど、ベイエリアの風情は異国情緒にあふれ、最も函館らしい趣があります。

 もちろん、あの『グラマラス』にくびれた、函館山からの光の芸術のような夜景も素晴らしいですね。

 

 しかし、この函館を代表する、ベイエリア函館山からの夜景も・・埋め立てと、運河が無ければ・・現在では、見られなかったものなんです。

 驚きました・・?

 では、これからそれらについて説明いたしますね。

 

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函館レンガ倉庫群の運河(「はこぶら」から)

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函館山からの夜景(「はこぶら」から)

 ちなみに、上の夜景の写真で、もし過去の『埋め立て』が無ければ、「函館のくびれ」は約3分の2程度になってしまい・・、そのままで、仮に夜景があるとすれば、「か弱い」「寂しい」印象になってしまいますね。

 そして、その埋め立て地というのが、場所的には函館駅から十字街の函館湾側の、いわゆる「ベイエリア」全部になります。

 函館の町名で言えば、大手町から豊川町です。

 

 また、湾内の埋め立てを行った、当時の箱館の商人たち、そして、箱館そのものにも財力があり、このような大規模な埋め立て工事が可能だったということが、歴史上の事実です。

 では次に、その埋め立て地を縫うような形で発達した運河は、どのようなものだったのでしょうか・・?

 

 卑近な例ですが・・ちなみに、その一つは、現在の箱館駅前から、「朝市」を抜け「BAY HAKODATE」の前を走る道路になってしまっています。

 では、その証拠として、当時の古地図を2点ほどお見せします。

 街(砂州)を縦断する「亀田川」と、その先の「運河」を見ることができます。

 

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箱館湾の地図(「はこぶら」から)

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箱館戦争当時の古地図(「はこぶら」から)

 

 したがって、観光客の皆さんがよく目にする、一番上の運河の写真ですが、あの運河は・・実は、奥までずっと切り込んで掘られていた可能性も大いに考えられます。

 また、埋め立て地のベイエリアの中にある、現在の「太い道路」の多くが、元々は運河だったということも、ご理解いただけたかと思います。

 

 さて、如何でしたか・・?『函館の景観は、埋め立てと運河の賜物』という、お話、理解していただけましたか?

 

 運河では、同じ北海道の小樽が有名ですね。

 しかし、それらの箱館の運河がなぜ廃れてしまったかというと・・、過去、コレラなどの疫病が発生し、箱館の中心を流れる亀田川の川筋を変える必要があったり、陸上交通の発達などがあったためのようです。

 皆さんも、ベイエリア観光で、道を歩く際には、『この道は、昔は運河だったかも‥?』なんて思うのも、結構、別の次元での観光を楽しめる要素だと思いませんか?

 そこで、私の稚拙なアイデアで恐縮ですが・・『昔の箱館の『運河』だった道路を、青や灰色で塗ってしまう』のも、観光施策上の一案だとは思うのですが・・、如何でしょう?

 

 さて、私の拙いブログも、本日で『満1歳』です。お読みいただき、ありがとうございます。

 コメントやお言葉等ありましたら、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

知っておくと楽しい・・函館の冬観光

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雪化粧の函館山

 寒~くなってきましたね!

 これからの時期、函館を訪れる観光客の数は、比較的減る傾向にあります。まぁ、・・寒いですから、致し方ないですね。

 ただ、それが実は・・国内の観光客の方の場合で、逆に台湾などからのお客さんは「雪を見たい!!」「雪に触りたい!」という方も多いようで、この時期、増加傾向にあるんです。

 

 そして、冬ならではの、ホテルでの雪の降る中での露天風呂も、また、一興ですね。ただし、急な温度変化は、体には悪いので、無理をせずにできる範囲でお楽しみください。年配の方は、特に、飲酒後はご注意くださいね。

 

 と、いうことで、今回は冬の函館観光とは切っても切り離せない『雪』の話を若干します。『アナ雪』ではなくて、『函雪』です。(失礼しました!)

 冬の時期、北陸、中部地方の平野部での雪は、湿っていて重いのが特徴ですね。ですので、雪かきなどをすると、その雪の断面が、かなり水を含んでいて『青い』のも特色です。

 しかし、東北地方以北では、雪は軽く、気温がさらに低ければ、箒でも掃けるくらい『サラサラ』しているのが特徴です。

 

 では、この雪の感じの差や、雪の結晶の形などは・・どんな相関関係があるかというと・・(以下、北海道大学の資料を拝借して説明します)

 

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北海道大学の資料です。

 下の図は、縦軸が大気中の水蒸気で、横軸が気温です。

 上に行くほど湿気が多く、右に行くほど気温が低くなります。

 (英語で書いてありますので、補足します)

 

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空気中の水蒸気と、気温と結晶の形

 (それと、若干図が小さく、見づらくてごめんなさい!)

 

 この図からすると・・気温が-10度から-20度くらいで、大気中の湿気が多い場合に、一番、雪の結晶の形の変化が多いようです。

 それから、高くなりすぎても、低くなりすぎても、どちらかと言うと『氷の筒状』の単調な形になってしまうようです。

 

 これからすると、雪の結晶は、氷の六角形の形を『核』として、それに空気中の水蒸気が付着して、雪の結晶が発達していく。そうすることによって、美しい雪の結晶が出来上がる・・そんな仕組みのようです。

 

 皆さんも、朝方、ホテルの朝食を食べた後、ちょっと外に出て『雪の結晶』を見て、楽しんでみてください。

 きっと、昨夜降り積もった新雪の、朝日に光る六角形の白い結晶が美しいはずです。

 こんなところも、冬の函館観光の醍醐味ですよ。

 

 それと、雪道やアイスバーンは滑るので、これからの函館観光は、『滑らない靴』で観光に来てくださいね。ハイヒールは、絶対にダメですよ。

 それと、忘れがちなのが『手袋』です。

 マフラーや帽子も、あれば、より快適ですし、吹雪なんか逆に『いらっしゃい!』みたいな気持ちになります。

 万一、手袋を忘れてしまい、寒いからと言って「ポケットハンド」をして転んでしまうと、打撲や、ひどい場合は捻挫、骨折の原因ともなります。ですので、手袋だけは必需品ですよ。

 そして、歩く時も、腰を低く、足全体で踏みしめるように歩いてくださいね。万一、転びそうになったら、早めに手袋を付けた手をついてしまいましょう。その方が安全です。

 

 それと、眼鏡をかけている方へ・・。

 寒い外の外気から、温かい屋内に入ると、突然眼鏡が『曇りガラス眼鏡』になるので、注意してください。

 そんな場合は、あせってはいけません!『これが北国の常識だ』と思って、眼鏡の曇りが取れるのを待ちましょう。

 ただ、この冬の現象を知らないで・・、初めて、この『曇りガラス眼鏡』を見たお友達などは、・・きっとウケると思いますよ。私も分かってはいるのですが・・毎度、見ると必ず笑っちゃいます。案外、滑稽なんです・・。

 

 あと、函館が冷え込んだ時の楽しみ方を二つ紹介します。

 まず一つ目。

 濡れたタオルを、屋外でぐるぐる回すと・・『凍った棒タオル』になります。

 これは、気温が-10度くらい低くなければ難しいですが、外が冷え込んだ!と思ったらやってみてください。

 タオルが、柔らかめのガチガチになります。「おーっ!」となること請け合いです。

 

 次に二つ目。

 冷え込んだ朝か夜に、思いっきり屋外で、鼻から空気を吸い込んで下さい。

 鼻の中の鼻毛同士が『ピタッ』とくっつくのが分かります。

  

 最後の方は、なんか・・どうでも良い話になってしまいましたが、これも函館の楽しみ方です。

 

 これからの季節、ベイエリアでは、米国ハリファックス市から届いた『クリスマスツリー』を楽しめるはずです。

 冬の函館も、是非楽しんでくださいね!

 

 最後に・・不肖、私のブログも、今月で1年が経ちました。

 拙い記事にもかかわらず、読んでいただいた皆さん、本当にありがとうございます!!

 コメント、大歓迎です。よろしくお願いします。

 

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冬の函館朝市

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

函館のスーパーでびっくり!でも、イカは・・

 また、だいぶご無沙汰ですいません。

 急に冬らしくなってきました・・・。

 

 まずは、下の写真をご覧ください。

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「ふくらぎ」(出世魚ブリの小型)

 「ブリ」は、出世魚と呼ばれる魚で、成長とともに名前が変わるのは、ご存じだと思います。例えば、「フクラギ」→「ヤズ」→「ハマチ」→「ブリ」のようにです。

 写真の魚は、実は、その「フクラギ」で『函館産』のシールも、バッチリ張られています。

 まずは、「えっ?函館でこんな魚が獲れるの?」と、思っちゃいますよね~。

 そして、次にその「値段」をご覧ください。

 何と、驚きの安さですよ!

 思わず、「あれ~、一桁間違ってない?」なんて思ってしまいます。

 

 この大きさで、この値段で・・ということは、『漁師さん。大漁で、大変だったですね』などと、逆に同情して、変な風に考えてしまいます。

 このように、最近は地球温暖化なのか、海水温の変動で、函館ではスルメイカが全く獲れなくなったり、逆に「フクラギ」が獲れたりするようです。

 一体どうなっているのでしょう?

 

 観光客の方も、函館の寿司屋さんに来て「イカ入荷ありません」では、悲しくなりますよね。

 さらに、函館港まつりの時のいか踊りなども、ウィキペディアなどでは・・

いか踊り(いかおどり)とは、北海道函館市の名産イカをテーマとした踊りである』

なんて、書かれています。 

 名産イカが獲れない街で、イカ踊りなんて・・今一つ、祭りのノリも悪くなっちゃいますね。

 

 ちょっと話は飛びますが・・だいぶ昔に、北原ミレイさんが歌った『石狩挽歌』という名曲がありました。

 あの『石狩挽歌』は、・・石狩地方で、あれだけニシンが獲れていた時代は遠くなってしまった・・。という、北海道のニシンの大豊漁時代を彷彿とさせるとともに、一方で、その夢ははかなかった、と歌った、悲しい歌でした。

 

 まさか、そんなことはないと思いますが、最近の函館のイカの不漁は、昔の北海道で豊漁だった『ニシン』のことを考えてしまいがちです。

 函館といえば、イカです。

 マンホールにもなっているくらい、愛されているイカです。

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愛すべき「イカ」のマンホール

 函館のイカがいつまでも、函館の「名産」でありますよう、祈るばかりです。

 

 最後に、函館のお寿司屋さんに行ったときの裏技・・

 マグロなどの冷凍ものは、全国どこで食べても一緒ですよね。

 一方、新鮮なマグロとして有名な「大間のマグロ」は、全国ブランド品なので高いですが、函館のお寿司屋さんで食べられることもあります。

 ただ、同じ津軽海峡で獲れたマグロを、函館市の戸井町で水揚げした「戸井マグロ」もあるんです。これは、「大間のマグロ」ほど有名ではないので、その分安いのですが、味は同じなんですよ。

 是非、函館のお寿司屋さんで見かけたら、味わってみてくださいね。

 

 それと、函館のお寿司屋さんで、安い新鮮ネタがある場合があります。

 例えば、先程の「フクラギ」などがネタで出た場合は、安くて新鮮です。

 ですので、函館のお寿司屋さんでは、「函館に来たら・・お寿司はこれだ!」と、今までの経験や先入観で考えるのではなく・・、ちょっと、お寿司屋さんの「本日入荷!○○」を確認してみて、お手ごろ価格だったら、まず食べてみることです。

 多分、ハズレは無いと思います。では・・

 

 

 

 

 

 

 

 

函館市が2年連続で・・『市区町村 魅力度ランキング』 第1位

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日本最古のコンクリート電柱(台風で倒れなくて良かったです!)

 『2019年 市区町村 魅力度ランキング』で、函館市が2年連続で第1位だそうです。驚きました!

 そして、この時期に、函館を訪れている観光客の皆さん!良かったですね・・おめでとうございます!!(何となく・・)

 函館市民では、もちろん『良かったね!』という方も多いと思いますが、一方で『何で?』という方も、少なからずいるような気がします。(本音です・・)

 ひょっとして、このブログを読んで下さっている、リピーターの方の中にもいるかも知れませんね。

 

 実は、この「市区町村 魅力度ランキング」は、カテゴリ別に多方面にわたり評価して決定するようです。

 ちなみに、「認知度」「魅力度」「情報接触度」「地域イメージ」「居住意欲度」「観光意欲度」など、なんと84項目の評価要素があるようです。

 それで、函館市が第1位ですから・・皆さん、素直に喜びましょう!

 

 ただ、私もそうですが、「函館市の魅力」って・・観光客の方も、それぞれが違った観点で評価してくれているのだと思います。

 私は、「都道府県 魅力度ランキング 第1位 北海道」の中でも、札幌(第2位)でもなく、小樽(第4位)でもなく、函館市が第1位だったのは、・・

 

 (すいません!ここから私の独善的見方です。)函館の「異国情緒」、「独特の風情」「美味しい料理」「素朴な人情」のみならず、「不思議な孤独感」があるからだとも思うのです。

 函館市は、観光地化がそれほど進んでいないこともあり、素朴な北の港町の風情が観光する方の郷愁を誘うのかもしれません。

 

 そういう意味からは、函館ほど『演歌』の似合う街もないかな・・と、妙に感心してしまうこともあります。

 もし、「演歌の似合う街ランキング」なんていうものがあれば、函館市は恐らく上位入賞すると思います。

 

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函館駅近くの大門横丁(バル風の居酒屋街)

 

 そう考えてみると、函館西部地区のベイエリアには・・不思議と居酒屋さんが少ないのです。アメリカンで、シャレた「カリフォルニア・ベイビー」さんは昔からありますが・・。

 最近では、函館駅前から大門にかけては、観光客向けの居酒屋さんが随分多くなりました。一方で、函館市民の飲み屋街と言われるところは、五稜郭方面に移ってしまい寂しい限りです。

 

 そこで・・ベイエリアのホテル寄りの辺りに、北島三郎さん、都はるみさん、石川さゆりさんなどの、演歌しか流さない居酒屋さん・・ではなくて、『立ち飲み屋さん』なんかあったら、いいなぁ、安心して飲めるなぁと思うのは、私くらいの年代層だけでしょうか。

 昔から、だいたい全国の港町は、船を係留する岸壁から、1~2本ほど内陸に入った通りが、メインストリートであり、繁華街であり、飲み屋街でした。そんな風情を、これからの函館にも求めたい気がしますね。

 あぁ、飲みたい!!

 

 そして、リピーターの方は既にご存知とは思いますが・・ビールは「サッポロビール、お酒は「男山」など、北海道産のものを是非お楽しみください。

 特に、どっぷりと函館の酒類を楽しみたい方へは、地産ビールとして「函館ビール」「大沼ビール」があります。ワインは、「はこだてワイン」「奥尻ワイン」お酒は「箱館奉行」「巴桜」くらいでしょうか。

 下戸の方には、小原商店の「コアップガラナサッポロビールリボンシトロンなどの地産ソフトドリンクがありますよ。

 スーパーマーケットに行けば、北海道特産のレトルトカレーもありますので、お土産にどうぞ!

 

 最後に、函館観光の魅力は、今後とも、皆さんと見守っていきたいですね。リピーターの皆様、よろしくお願いいたします~。

 まんず、第1位、良かった。良かった!

 ブログをお読みいただき、ありがとうございました。

 

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北海道のレトルトカレーの面々

 

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小原商店の「コアップガラナ」など


  

 

 

 

 

 

 

 

 

アイヌ文化尊重の流れ・・良かったですね!

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丸井今井デパート、現在の「地域まちづくりセンター」踊り場のアイヌ女性像

 最近、やっと「北海道アイヌ文化保護」の大きな流れが出てきています。しかし、これも若干遅すぎた感は否めません。

 函館も、ずいぶん昔はアイヌ民族が住んでいたのですが、アイヌ民族も次第に追いやられ、現在では道央付近に文化保護(保存)という形で若干残っているだけです。

 

 なぜ、私がアイヌ文化にこだわるかというと・・

 アイヌ民族が北海道の先住民ということのみならず、函館市などが世界文化遺産として推進している「北海道・北東北の縄文遺跡群」にアイヌ民族が大きくかかわっているからです。

 この事実を、函館市民や北海道民自体があまり知らないということ自体が、とても残念です。

 

 実は、私の趣味が考古学ということもあり、少し昔に、「あの有名な青森県の三内丸山縄文遺跡を築いたのは、『縄文人(和人)』なのか『アイヌ人』なのか・・」という疑問を抱きました。

 我が国のDNA分布による民族的流れや、文化の流れなど色々調べたのですが、結局、結論は出ず・・

 「縄文人でもアイヌ人でもどちらでも構わないし、それほど昔は部族的(民族的)に区別がなかったのではないか」と、いう結論に達しました。

 実際、「アイヌ文様」と「縄文文様」は極めて似ており、ほとんど同じ物といっても差し支えないと、私は思います。

 ですので、これは現在、東北に代々住んでいる人たちにもアイヌの血が流れている可能性が(私も含めて)高いですし、東北地方にもアイヌ語の地名が事実、数多くあります。

 

 次のこだわりですが・・アイヌ文化は文字を持たない文化なのです。

 したがって、何らかの保護的活動や保存事業を行わない限り、アイヌ文化は将来的に消滅してしまいます。これは、本当に避けられない事実です。

 私の過去のブログ『函館は、北海道のボストン』では、北海道が函館を起点として開拓されていったことについて、米国のボストンと対比させて述べたブログです。

 一方で、ボストンから始まった米国が、次々と先住民のネイティブ・アメリカンを殺害して、領地を拡大していったことと、蝦夷地で和人がアイヌ人の領地を奪っていった歴史を重ね合わせたという、悲しい歴史の相似形についても、遠回しに述べたものでした。

 そのネイティブ・アメリカンアイヌ民族両先住民の共通点も、実は「文字を持たない」ということです。

 今更とは思いますが、アイヌ民族の文化を保護し、保存することは可及的速やかに必要なことなのです。

 「アイヌ民族への差別」などは論外で、「北海道の先住民族の文化を尊重し保護」することが、今、北海道民函館市民に求められていることです。

 

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中空土偶「カックウ」 函館市縄文文化交流センター

 

 函館市が、大々的に「アイヌ文化を尊重し、研究し、保護・保存」することに乗り出すこと自体も、世界文化遺産登録への強い後ろ盾になることは疑いありません。

 過去の「良いところ」だけをアッピールするのではなく、その文化が「今、どのように生きていて、それをどのように未来への遺産として残すのか」という、『姿勢や意気込みも評価されている』と思います。

 アイヌ文様を市全体で利活用したり、アイヌ文化研究者の講演・講座を開くところあたりから、着手しては如何でしょうか?

 

 最後に、随分と函館観光とは違うことを述べましたが、函館市も元々はアイヌ民族の土地です。

 観光客の皆さんが「函館市北方民族資料館」や「函館市立博物館」に行かれた際には、そのような先住民族への尊敬の気持ちも持ちつつ、展示をご覧いただければ幸いです。

 今回は、少し難しい内容でした。読んで下さり、本当にありがとうございました。

 

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函館北方民族資料館のアイヌ民族衣装 (当館ホームページから引用)

 

 

 

 

 

 

涼しくなると、函館も美味しくなる・・でも、函館人に一言

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元祖 小いけのカツカレー

 だいぶ、ご無沙汰しておりました。

 個人的な事情で忙しいこともあり、書こう書こうと思いつつ、なかなか筆が進みませんでした(なんか、偉そうな言い訳で、本当にすいません m(__)m)

 

 さて、涼しくなると・・北海道の食べ物もおいしい時期になります。

 今年のような暑い夏には、熱いラーメンやカレーなどからは、ついつい足が遠のいてしましますが、これからは「美味しいもの何でもござれ!」のシーズン突入です。

 

 そこで、写真の「小いけ」のカレーですが、私も大好きなメニューです。

 平日の昼頃は、サラリーマン風の方が多いのですが・・彼らの注文に、昔ではありえなかった特徴が、最近あることが分かりました。

 『○○カレーひとつ。それとルー多めで』

 この店に来る方は、どうしても、小いけのカレーの『ルー』を味わいたくて来るのですが・・

 この、「ルー多め」という言葉は、昔の人たちは『厚かましい』注文なので使わなかった言葉(禁じ手)です。

 

 「しかし、それを言ったらお終いだろう・・」と私は思うのです。

 ただでさえ函館西部地区の人口が激減し、飲食店の経営さえ厳しいのに・・サラリーマンで、それなりの稼ぎもあるのに店への思いやりがないな~ と、私は思います。

 本当に小いけのカレーを愛しているなら・・

 『大カレー、ごはん少な目で』と、お店に優しい注文の仕方もあるはずです。カレーと大カレーは、当然、値段も違います。

 しかし、残念ながら、このブログを函館人が読んでいることなどありえません。

 

 そこで、これから函館に観光でカレーの小いけを訪れる方・・是非、『大カレー、ごはん少な目で』のご注文でお願いします。

 多分、同席する函館人には、カルチャーショックになるはずです。私もします。

 

 小いけ関連の情報ですが、今も美味しいのですが、やはり、昔と味が少し変わったような気がします。

 かなり昔、「小いけのカレーには、味の素が入っている」という噂がありました。確かに、あの食べ終わってからの「出汁感」こそが私は大好きでした。

 私は、あの「出汁感」のある味が大好きで、夏でも汗をかきかき、食べてました。

 そのため、・・事実はどうあれ、私は時々家でのカレーにもこっそり「味の素」を入れて食べることもあります。

 昔懐かしい味と言いますか、私にとっては、少々思い出に浸る味です。

 

 

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JR函館駅前の花壇

 このブログを始めてから9カ月になります。

 そこで、実はこの間、思うことが2つほどありました。

 一つ目は「函館人は、函館観光にあまり興味がない」ということ。

 そして、二つ目は「函館人は、函館 の街にもあまり興味がない」ということでした。

 

 残念なことですが、この点については、これをお読みの皆さんも薄々感じていることかも知れません。

 多くの函館への観光客の皆さんに、「リピーター」になってもらうには、函館としても、それなりの努力が必要です。

 例えば、博物館などの施設の「特別展」や、「特別企画」に力を入れ、大々的に発信する必要さえあります。

 そのために、函館市の各施設には、目の肥えた観光客の方からの「肌で感じた感想」や「新鮮な意見」を大切にする、そして、それを気軽に行えるような施策も必要になります。

 

 以前のブログに、「函館の観光事業と中高年」で、縷々述べましたが、もちろん余計なお世話と分かってのブログでした。

blog.hatena.ne.jp

 

 最後に・・是非、リピータ―の皆さんには、また、函館に来ていただきたいですし、この、独特の歴史を持つ「北海道で置き去りにされた街」の観光を良くするためのご意見もいただきたく思います。 

 そして、本ブログへのコメントも、是非お願いします。コメントは、過去、私の高校の同窓生の女性の方からあったきりです。

 ブログ関連ではなくとも、函館観光についてのコメントでも結構です!

 まだ、少々忙しいのですが・・また、ブログ書きます!!

 


 

 

 

7月15日は、「海の日」

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函館市のマンホール(五稜郭をかたどっています)

 ここしばらくは、蝦夷梅雨」でしょうか・・函館は寒い日ばかりが続きます。


 折角、函館山の夜景や観光地巡りを楽しみに訪れた観光客の皆さんには、心から「本当に気の毒です」としか言いようがありません。
 観光する際には、傘を持って、温かくして観光してくださいね。

 

 さて、以前のブログにも書きましたが、「海の日」は、函館が関係する国民の祝日です。
 参考ブログ : https://hakodate1859.hatenadiary.jp/entry/2019/05/03/174133

 

 函館は、昔から歴史的に「海と馴染みの深い土地柄」でしたが、年とともに、その「海と市民との親密さが薄らいできている」ようにも感じます。


 一昔前のことになりますが、函館は北海道での北洋漁業の基地ではなくなり、造船所の函館ドックも衰退しました。


 そして、その時代の頃には、威勢のいい、活気に満ち溢れていた函館湾の「岸壁」ですが、いまでは落ち着いた「風景の一部」となっています。

 

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「緑の島」から旧箱館税関跡の岸壁

 巴の形をした函館湾は、日本海と太平洋を結ぶ「津軽海峡」の、北側のほぼ中央に位置します。


 今回は、その函館の「微妙な位置」について、「海運」や「海の日」と関連させて述べますね

 

 まず、我が国の蝦夷への「海運」ですが、明治時代頃までは、皆さんが良くご存知の北前船」という船によって、北方「蝦夷」と「中央」の交易が行われていました。


 これは、日本海を北上、南下する航路で、帆船で京都や大阪の高級品を北へ運び、一方では、蝦夷のアワビ、昆布、魚を京都や大阪まで運んだりしたものでした。


 では、当時の「北前船」は、なぜ太平洋ではなく、日本海を使ったのでしょう。


 それは、太平洋と比べ、日本海の「海象」が安定していることによります。

 日本海側は、さらに海岸線も太平洋側に比べ、わりと優しく、天然の良港も多かったのも、その理由です。


 このため、実際に太平洋側の航路が利用されるようになったのは、江戸も後期になってからで、蒸気船が普及してからになります。

 蒸気船は、推進力もあり、航法能力も高かったため、波が荒い太平洋も問題なく航行できたためです。


 それと、太平洋は、今頃の時期、海上航行上、非常に大きな気象的な問題が起こります。
 それが、現在、観光客の方を悩ませている「蝦夷梅雨」とも関連する「海霧」です。
 この海霧は、北からの冷たい海流に乗ってきて、海のみならず、陸地にも押し寄せます。


 その海霧が、海上でこちら側に進んでくるときは、まるで「高さ数10mの白い真綿の壁」が押し寄せてくるような、そんな錯覚に陥ります。
 そして、船が「ずぼっ」と海霧に入ってしまうと・・途端に数十メートル先が見えるのがやっとです。


 このため、海霧は、船で航行している人には座礁「衝突」につながる大変な危険なものでした。
 現に、津軽海峡青森県下北半島先端の尻屋岬辺りには、昔、海難に遭った船も沈んでいるくらいです。

 

 しかし、一方で、この時期の海霧は、太平洋側だけの現象なので・・例えば、函館山に登ってみると、函館山の東側(太平洋側)だけ雲が多く曇っているのに、西側(日本海側)は雲が無く晴れているという、不思議な景色にもなってしまいます。


 今頃の、函館山は、ちょうどこの状況を体験できます。

 

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晴れている日本海側(函館山から)

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曇りがちの太平洋側(函館山から)


 ただ、眺望は(半分しか見えないので)悪くなってしまう。(この体験を、「奇特な体験」と思っていただければ、ありがたいなと思いつつ説明しています。)

 

 したがって、「海の日」の元となった、明治天皇が函館から横浜まで海路太平洋側を移動されたのは、正に艦船の航行能力と航法技術の高度化が、この時期の太平洋側の航行を可能にした・・と証明する快挙だったのです。

 

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函館湾中にある「緑の島」(GLEYのコンサートが行われました)