函館のスーパーでびっくり!でも、イカは・・

 また、だいぶご無沙汰ですいません。

 急に冬らしくなってきました・・・。

 

 まずは、下の写真をご覧ください。

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「ふくらぎ」(出世魚ブリの小型)

 「ブリ」は、出世魚と呼ばれる魚で、成長とともに名前が変わるのは、ご存じだと思います。例えば、「フクラギ」→「ヤズ」→「ハマチ」→「ブリ」のようにです。

 写真の魚は、実は、その「フクラギ」で『函館産』のシールも、バッチリ張られています。

 まずは、「えっ?函館でこんな魚が獲れるの?」と、思っちゃいますよね~。

 そして、次にその「値段」をご覧ください。

 何と、驚きの安さですよ!

 思わず、「あれ~、一桁間違ってない?」なんて思ってしまいます。

 

 この大きさで、この値段で・・ということは、『漁師さん。大漁で、大変だったですね』などと、逆に同情して、変な風に考えてしまいます。

 このように、最近は地球温暖化なのか、海水温の変動で、函館ではスルメイカが全く獲れなくなったり、逆に「フクラギ」が獲れたりするようです。

 一体どうなっているのでしょう?

 

 観光客の方も、函館の寿司屋さんに来て「イカ入荷ありません」では、悲しくなりますよね。

 さらに、函館港まつりの時のいか踊りなども、ウィキペディアなどでは・・

いか踊り(いかおどり)とは、北海道函館市の名産イカをテーマとした踊りである』

なんて、書かれています。 

 名産イカが獲れない街で、イカ踊りなんて・・今一つ、祭りのノリも悪くなっちゃいますね。

 

 ちょっと話は飛びますが・・だいぶ昔に、北原ミレイさんが歌った『石狩挽歌』という名曲がありました。

 あの『石狩挽歌』は、・・石狩地方で、あれだけニシンが獲れていた時代は遠くなってしまった・・。という、北海道のニシンの大豊漁時代を彷彿とさせるとともに、一方で、その夢ははかなかった、と歌った、悲しい歌でした。

 

 まさか、そんなことはないと思いますが、最近の函館のイカの不漁は、昔の北海道で豊漁だった『ニシン』のことを考えてしまいがちです。

 函館といえば、イカです。

 マンホールにもなっているくらい、愛されているイカです。

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愛すべき「イカ」のマンホール

 函館のイカがいつまでも、函館の「名産」でありますよう、祈るばかりです。

 

 最後に、函館のお寿司屋さんに行ったときの裏技・・

 マグロなどの冷凍ものは、全国どこで食べても一緒ですよね。

 一方、新鮮なマグロとして有名な「大間のマグロ」は、全国ブランド品なので高いですが、函館のお寿司屋さんで食べられることもあります。

 ただ、同じ津軽海峡で獲れたマグロを、函館市の戸井町で水揚げした「戸井マグロ」もあるんです。これは、「大間のマグロ」ほど有名ではないので、その分安いのですが、味は同じなんですよ。

 是非、函館のお寿司屋さんで見かけたら、味わってみてくださいね。

 

 それと、函館のお寿司屋さんで、安い新鮮ネタがある場合があります。

 例えば、先程の「フクラギ」などがネタで出た場合は、安くて新鮮です。

 ですので、函館のお寿司屋さんでは、「函館に来たら・・お寿司はこれだ!」と、今までの経験や先入観で考えるのではなく・・、ちょっと、お寿司屋さんの「本日入荷!○○」を確認してみて、お手ごろ価格だったら、まず食べてみることです。

 多分、ハズレは無いと思います。では・・

 

 

 

 

 

 

 

 

函館市が2年連続で・・『市区町村 魅力度ランキング』 第1位

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日本最古のコンクリート電柱(台風で倒れなくて良かったです!)

 『2019年 市区町村 魅力度ランキング』で、函館市が2年連続で第1位だそうです。驚きました!

 そして、この時期に、函館を訪れている観光客の皆さん!良かったですね・・おめでとうございます!!(何となく・・)

 函館市民では、もちろん『良かったね!』という方も多いと思いますが、一方で『何で?』という方も、少なからずいるような気がします。(本音です・・)

 ひょっとして、このブログを読んで下さっている、リピーターの方の中にもいるかも知れませんね。

 

 実は、この「市区町村 魅力度ランキング」は、カテゴリ別に多方面にわたり評価して決定するようです。

 ちなみに、「認知度」「魅力度」「情報接触度」「地域イメージ」「居住意欲度」「観光意欲度」など、なんと84項目の評価要素があるようです。

 それで、函館市が第1位ですから・・皆さん、素直に喜びましょう!

 

 ただ、私もそうですが、「函館市の魅力」って・・観光客の方も、それぞれが違った観点で評価してくれているのだと思います。

 私は、「都道府県 魅力度ランキング 第1位 北海道」の中でも、札幌(第2位)でもなく、小樽(第4位)でもなく、函館市が第1位だったのは、・・

 

 (すいません!ここから私の独善的見方です。)函館の「異国情緒」、「独特の風情」「美味しい料理」「素朴な人情」のみならず、「不思議な孤独感」があるからだとも思うのです。

 函館市は、観光地化がそれほど進んでいないこともあり、素朴な北の港町の風情が観光する方の郷愁を誘うのかもしれません。

 

 そういう意味からは、函館ほど『演歌』の似合う街もないかな・・と、妙に感心してしまうこともあります。

 もし、「演歌の似合う街ランキング」なんていうものがあれば、函館市は恐らく上位入賞すると思います。

 

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函館駅近くの大門横丁(バル風の居酒屋街)

 

 そう考えてみると、函館西部地区のベイエリアには・・不思議と居酒屋さんが少ないのです。アメリカンで、シャレた「カリフォルニア・ベイビー」さんは昔からありますが・・。

 最近では、函館駅前から大門にかけては、観光客向けの居酒屋さんが随分多くなりました。一方で、函館市民の飲み屋街と言われるところは、五稜郭方面に移ってしまい寂しい限りです。

 

 そこで・・ベイエリアのホテル寄りの辺りに、北島三郎さん、都はるみさん、石川さゆりさんなどの、演歌しか流さない居酒屋さん・・ではなくて、『立ち飲み屋さん』なんかあったら、いいなぁ、安心して飲めるなぁと思うのは、私くらいの年代層だけでしょうか。

 昔から、だいたい全国の港町は、船を係留する岸壁から、1~2本ほど内陸に入った通りが、メインストリートであり、繁華街であり、飲み屋街でした。そんな風情を、これからの函館にも求めたい気がしますね。

 あぁ、飲みたい!!

 

 そして、リピーターの方は既にご存知とは思いますが・・ビールは「サッポロビール、お酒は「男山」など、北海道産のものを是非お楽しみください。

 特に、どっぷりと函館の酒類を楽しみたい方へは、地産ビールとして「函館ビール」「大沼ビール」があります。ワインは、「はこだてワイン」「奥尻ワイン」お酒は「箱館奉行」「巴桜」くらいでしょうか。

 下戸の方には、小原商店の「コアップガラナサッポロビールリボンシトロンなどの地産ソフトドリンクがありますよ。

 スーパーマーケットに行けば、北海道特産のレトルトカレーもありますので、お土産にどうぞ!

 

 最後に、函館観光の魅力は、今後とも、皆さんと見守っていきたいですね。リピーターの皆様、よろしくお願いいたします~。

 まんず、第1位、良かった。良かった!

 ブログをお読みいただき、ありがとうございました。

 

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北海道のレトルトカレーの面々

 

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小原商店の「コアップガラナ」など


  

 

 

 

 

 

 

 

 

アイヌ文化尊重の流れ・・良かったですね!

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丸井今井デパート、現在の「地域まちづくりセンター」踊り場のアイヌ女性像

 最近、やっと「北海道アイヌ文化保護」の大きな流れが出てきています。しかし、これも若干遅すぎた感は否めません。

 函館も、ずいぶん昔はアイヌ民族が住んでいたのですが、アイヌ民族も次第に追いやられ、現在では道央付近に文化保護(保存)という形で若干残っているだけです。

 

 なぜ、私がアイヌ文化にこだわるかというと・・

 アイヌ民族が北海道の先住民ということのみならず、函館市などが世界文化遺産として推進している「北海道・北東北の縄文遺跡群」にアイヌ民族が大きくかかわっているからです。

 この事実を、函館市民や北海道民自体があまり知らないということ自体が、とても残念です。

 

 実は、私の趣味が考古学ということもあり、少し昔に、「あの有名な青森県の三内丸山縄文遺跡を築いたのは、『縄文人(和人)』なのか『アイヌ人』なのか・・」という疑問を抱きました。

 我が国のDNA分布による民族的流れや、文化の流れなど色々調べたのですが、結局、結論は出ず・・

 「縄文人でもアイヌ人でもどちらでも構わないし、それほど昔は部族的(民族的)に区別がなかったのではないか」と、いう結論に達しました。

 実際、「アイヌ文様」と「縄文文様」は極めて似ており、ほとんど同じ物といっても差し支えないと、私は思います。

 ですので、これは現在、東北に代々住んでいる人たちにもアイヌの血が流れている可能性が(私も含めて)高いですし、東北地方にもアイヌ語の地名が事実、数多くあります。

 

 次のこだわりですが・・アイヌ文化は文字を持たない文化なのです。

 したがって、何らかの保護的活動や保存事業を行わない限り、アイヌ文化は将来的に消滅してしまいます。これは、本当に避けられない事実です。

 私の過去のブログ『函館は、北海道のボストン』では、北海道が函館を起点として開拓されていったことについて、米国のボストンと対比させて述べたブログです。

 一方で、ボストンから始まった米国が、次々と先住民のネイティブ・アメリカンを殺害して、領地を拡大していったことと、蝦夷地で和人がアイヌ人の領地を奪っていった歴史を重ね合わせたという、悲しい歴史の相似形についても、遠回しに述べたものでした。

 そのネイティブ・アメリカンアイヌ民族両先住民の共通点も、実は「文字を持たない」ということです。

 今更とは思いますが、アイヌ民族の文化を保護し、保存することは可及的速やかに必要なことなのです。

 「アイヌ民族への差別」などは論外で、「北海道の先住民族の文化を尊重し保護」することが、今、北海道民函館市民に求められていることです。

 

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中空土偶「カックウ」 函館市縄文文化交流センター

 

 函館市が、大々的に「アイヌ文化を尊重し、研究し、保護・保存」することに乗り出すこと自体も、世界文化遺産登録への強い後ろ盾になることは疑いありません。

 過去の「良いところ」だけをアッピールするのではなく、その文化が「今、どのように生きていて、それをどのように未来への遺産として残すのか」という、『姿勢や意気込みも評価されている』と思います。

 アイヌ文様を市全体で利活用したり、アイヌ文化研究者の講演・講座を開くところあたりから、着手しては如何でしょうか?

 

 最後に、随分と函館観光とは違うことを述べましたが、函館市も元々はアイヌ民族の土地です。

 観光客の皆さんが「函館市北方民族資料館」や「函館市立博物館」に行かれた際には、そのような先住民族への尊敬の気持ちも持ちつつ、展示をご覧いただければ幸いです。

 今回は、少し難しい内容でした。読んで下さり、本当にありがとうございました。

 

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函館北方民族資料館のアイヌ民族衣装 (当館ホームページから引用)

 

 

 

 

 

 

涼しくなると、函館も美味しくなる・・でも、函館人に一言

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元祖 小いけのカツカレー

 だいぶ、ご無沙汰しておりました。

 個人的な事情で忙しいこともあり、書こう書こうと思いつつ、なかなか筆が進みませんでした(なんか、偉そうな言い訳で、本当にすいません m(__)m)

 

 さて、涼しくなると・・北海道の食べ物もおいしい時期になります。

 今年のような暑い夏には、熱いラーメンやカレーなどからは、ついつい足が遠のいてしましますが、これからは「美味しいもの何でもござれ!」のシーズン突入です。

 

 そこで、写真の「小いけ」のカレーですが、私も大好きなメニューです。

 平日の昼頃は、サラリーマン風の方が多いのですが・・彼らの注文に、昔ではありえなかった特徴が、最近あることが分かりました。

 『○○カレーひとつ。それとルー多めで』

 この店に来る方は、どうしても、小いけのカレーの『ルー』を味わいたくて来るのですが・・

 この、「ルー多め」という言葉は、昔の人たちは『厚かましい』注文なので使わなかった言葉(禁じ手)です。

 

 「しかし、それを言ったらお終いだろう・・」と私は思うのです。

 ただでさえ函館西部地区の人口が激減し、飲食店の経営さえ厳しいのに・・サラリーマンで、それなりの稼ぎもあるのに店への思いやりがないな~ と、私は思います。

 本当に小いけのカレーを愛しているなら・・

 『大カレー、ごはん少な目で』と、お店に優しい注文の仕方もあるはずです。カレーと大カレーは、当然、値段も違います。

 しかし、残念ながら、このブログを函館人が読んでいることなどありえません。

 

 そこで、これから函館に観光でカレーの小いけを訪れる方・・是非、『大カレー、ごはん少な目で』のご注文でお願いします。

 多分、同席する函館人には、カルチャーショックになるはずです。私もします。

 

 小いけ関連の情報ですが、今も美味しいのですが、やはり、昔と味が少し変わったような気がします。

 かなり昔、「小いけのカレーには、味の素が入っている」という噂がありました。確かに、あの食べ終わってからの「出汁感」こそが私は大好きでした。

 私は、あの「出汁感」のある味が大好きで、夏でも汗をかきかき、食べてました。

 そのため、・・事実はどうあれ、私は時々家でのカレーにもこっそり「味の素」を入れて食べることもあります。

 昔懐かしい味と言いますか、私にとっては、少々思い出に浸る味です。

 

 

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JR函館駅前の花壇

 このブログを始めてから9カ月になります。

 そこで、実はこの間、思うことが2つほどありました。

 一つ目は「函館人は、函館観光にあまり興味がない」ということ。

 そして、二つ目は「函館人は、函館 の街にもあまり興味がない」ということでした。

 

 残念なことですが、この点については、これをお読みの皆さんも薄々感じていることかも知れません。

 多くの函館への観光客の皆さんに、「リピーター」になってもらうには、函館としても、それなりの努力が必要です。

 例えば、博物館などの施設の「特別展」や、「特別企画」に力を入れ、大々的に発信する必要さえあります。

 そのために、函館市の各施設には、目の肥えた観光客の方からの「肌で感じた感想」や「新鮮な意見」を大切にする、そして、それを気軽に行えるような施策も必要になります。

 

 以前のブログに、「函館の観光事業と中高年」で、縷々述べましたが、もちろん余計なお世話と分かってのブログでした。

blog.hatena.ne.jp

 

 最後に・・是非、リピータ―の皆さんには、また、函館に来ていただきたいですし、この、独特の歴史を持つ「北海道で置き去りにされた街」の観光を良くするためのご意見もいただきたく思います。 

 そして、本ブログへのコメントも、是非お願いします。コメントは、過去、私の高校の同窓生の女性の方からあったきりです。

 ブログ関連ではなくとも、函館観光についてのコメントでも結構です!

 まだ、少々忙しいのですが・・また、ブログ書きます!!

 


 

 

 

7月15日は、「海の日」

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函館市のマンホール(五稜郭をかたどっています)

 ここしばらくは、蝦夷梅雨」でしょうか・・函館は寒い日ばかりが続きます。


 折角、函館山の夜景や観光地巡りを楽しみに訪れた観光客の皆さんには、心から「本当に気の毒です」としか言いようがありません。
 観光する際には、傘を持って、温かくして観光してくださいね。

 

 さて、以前のブログにも書きましたが、「海の日」は、函館が関係する国民の祝日です。
 参考ブログ : https://hakodate1859.hatenadiary.jp/entry/2019/05/03/174133

 

 函館は、昔から歴史的に「海と馴染みの深い土地柄」でしたが、年とともに、その「海と市民との親密さが薄らいできている」ようにも感じます。


 一昔前のことになりますが、函館は北海道での北洋漁業の基地ではなくなり、造船所の函館ドックも衰退しました。


 そして、その時代の頃には、威勢のいい、活気に満ち溢れていた函館湾の「岸壁」ですが、いまでは落ち着いた「風景の一部」となっています。

 

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「緑の島」から旧箱館税関跡の岸壁

 巴の形をした函館湾は、日本海と太平洋を結ぶ「津軽海峡」の、北側のほぼ中央に位置します。


 今回は、その函館の「微妙な位置」について、「海運」や「海の日」と関連させて述べますね

 

 まず、我が国の蝦夷への「海運」ですが、明治時代頃までは、皆さんが良くご存知の北前船」という船によって、北方「蝦夷」と「中央」の交易が行われていました。


 これは、日本海を北上、南下する航路で、帆船で京都や大阪の高級品を北へ運び、一方では、蝦夷のアワビ、昆布、魚を京都や大阪まで運んだりしたものでした。


 では、当時の「北前船」は、なぜ太平洋ではなく、日本海を使ったのでしょう。


 それは、太平洋と比べ、日本海の「海象」が安定していることによります。

 日本海側は、さらに海岸線も太平洋側に比べ、わりと優しく、天然の良港も多かったのも、その理由です。


 このため、実際に太平洋側の航路が利用されるようになったのは、江戸も後期になってからで、蒸気船が普及してからになります。

 蒸気船は、推進力もあり、航法能力も高かったため、波が荒い太平洋も問題なく航行できたためです。


 それと、太平洋は、今頃の時期、海上航行上、非常に大きな気象的な問題が起こります。
 それが、現在、観光客の方を悩ませている「蝦夷梅雨」とも関連する「海霧」です。
 この海霧は、北からの冷たい海流に乗ってきて、海のみならず、陸地にも押し寄せます。


 その海霧が、海上でこちら側に進んでくるときは、まるで「高さ数10mの白い真綿の壁」が押し寄せてくるような、そんな錯覚に陥ります。
 そして、船が「ずぼっ」と海霧に入ってしまうと・・途端に数十メートル先が見えるのがやっとです。


 このため、海霧は、船で航行している人には座礁「衝突」につながる大変な危険なものでした。
 現に、津軽海峡青森県下北半島先端の尻屋岬辺りには、昔、海難に遭った船も沈んでいるくらいです。

 

 しかし、一方で、この時期の海霧は、太平洋側だけの現象なので・・例えば、函館山に登ってみると、函館山の東側(太平洋側)だけ雲が多く曇っているのに、西側(日本海側)は雲が無く晴れているという、不思議な景色にもなってしまいます。


 今頃の、函館山は、ちょうどこの状況を体験できます。

 

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晴れている日本海側(函館山から)

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曇りがちの太平洋側(函館山から)


 ただ、眺望は(半分しか見えないので)悪くなってしまう。(この体験を、「奇特な体験」と思っていただければ、ありがたいなと思いつつ説明しています。)

 

 したがって、「海の日」の元となった、明治天皇が函館から横浜まで海路太平洋側を移動されたのは、正に艦船の航行能力と航法技術の高度化が、この時期の太平洋側の航行を可能にした・・と証明する快挙だったのです。

 

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函館湾中にある「緑の島」(GLEYのコンサートが行われました)

 

「函館の七夕」と「函館マラソン」

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函館山からの景色

 今日は「函館マラソン」の日でしたね~。


 走られた方は、塩気一杯の函館の空気を楽しみましたか?

 肌寒い曇り空の中、本当にお疲れさまでした。

 

 ここのところ、函館は「蝦夷梅雨」のような天候不順で寒い日が続いています。

 そして、今日はこれから「七夕」です。

 

 『竹に短冊七夕まつり、大いに祝おう、ろうそく一本頂戴な~♪』で始まる、函館独特の七夕まつりが始まります。

 これは、本当に函館ならではの行事です。

 

 この函館の七夕は、住宅街で「七夕の竹」を飾っている家に子供たちが行って、玄関先でこの歌を歌い、お菓子をもらうという伝統風俗です。

 ただ、今日は寒いので、七夕らしい浴衣姿で回る子供たちがいるかな・・。

 

 昔は、本当に「ろうそく」をもらって歩いたのですが、今はお菓子です。

 ですので、これは何となく欧米のハロウィーンと通づるものがありますね。

 私も昔、「ろうそく」をたくさんもらって歩きましたが・・「これ、どうするんだろう?」と子供心に不思議に思っていたのを覚えています。

 

 その意味で、お菓子をもらうのは「Good Idea」だと思います!

 子供たちも、「ろうそく」と違い回りがいがありますよね。

 

 さて、「函館マラソン」を走り終わり、これから打上げという方も多いと思います。

 確かに、函館駅前には、随分居酒屋が多いですね。

 ただ、押しなべて観光客相手なので、メニューの相場は「割高」です。

 

 「函館の七夕」と「安くておいしい居酒屋」を楽しみたいなら、五稜郭方面がお奨めかもしれません。

 お店に行く前に、インターネットで「食べログ」などを調べてから行けば、間違いありません。

 あのグルメに関する口コミなどは結構当たっていますので、参考にするといいと思います。評判の悪いところは、それなりにちゃんと悪い評価を受けています。

 

 それと大門(駅前付近)に最近、「大門横丁」なるものができました。

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大門横丁 入り口

 全体には、様々な「バル」のような「屋台風」のような規模のお店が20軒近くひしめいています。

 「梯子飲み」の好きな方や、別に函館の水産物にこだわらない方などにはお薦めです。

 歩いて見るだけでも結構楽しめますよ。

 ただ、各店舗とも数人から10人くらいまでしか入れませんので、ご注意くださいね。

 

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大門横丁の地図

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大門横丁入り口

 函館の飲食店は、最近、海外からの観光客の方も多いので、残念ながらメニュー自体の値段(相場)が上がっています。

 ただ、味は変わらず・・若しくは残念ながら下がっています。

 

 個人的には、函館の定番メニューは「安くて、美味い」が基本だと考えていますので、リピーターの方は自分の目で見て「割高な店だな」と直感的に思ったら、やめた方が無難です。

 特に、「高くて不味い」店も中にはありますので、用心してくださいね。

 ちなみに、無責任ですが・・まだ、大門横丁の店は未経験です!ごめんなさい。

 

 これからの函館の天気も不安定なようで、残念です。

 梅雨前線の影響や太平洋の「海霧」の影響があるので、気温も上がりません。

 あともう少しの、辛抱です。

 

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緑の島からのヨットや函館山

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

函館の「孤独」を観光する

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函館 市民の森公園の水芭蕉

 

 何か唐突かつ抽象的なテーマで、驚かれた方もいるかと思います。


 今回は、「リピーターための函館観光」でありながら、実際、直接観光とは結び付かないことも書いてしまうかもしれませんが、ご容赦くださいね。


 函館という街の歴史やその魅力に関しては、今まで随分と書いてきました。
 江戸時代の箱館から、開港を経ての幕末、明治時代そして現在まで・・。

 

 そして、観光リピーターの方の中にも、何度か函館に来てみて、観光ガイドには記述がない、様々な魅力に気付かれた方も多くいると思います。

 

 その中で・・
 「あれ・・この街は、何だろう・・何かがちょっと違う」と。
 確かに、函館は、他の北海道の街とは何かしら違いますね。
 それはなぜでしょう。
 それが、今回のテーマ、函館の「孤独」を観光する・・に続きます。

 

 実際、私も、過去、北海道の他地域の友人から・・
 「函館ぇ~、・・あそこは北海道じゃない。あそこは、北東北の一部だべ」

 そんな声を何度か耳にしたことがあります。


 そして、これは実際、今回の『キーワード』・・函館の「孤独」とも関連します。
 実は、函館や松前江差など道南の街と、内陸部の札幌や旭川などとは、明確に違う点があるんです。


 それは、簡単に言えば「函館や道南の街は、入植地ではない」ということです。
 入植地とは、明治時代、屯田兵が開拓したり、本州のある地域から集団で移住し、開墾し、住み着いたりした土地のことを言います。
 道南以外の北海道は、だいたいがそういう場所で、地域の名称も、元々の出身地にちなんだものをつけている市町村も、実際にあります。

 

 その点、函館は事情が異なります。
 函館は、江戸時代の箱館から、歴史を背景に、勝手に発展した街です。

 したがって、明治政府が力を入れて開墾した地域とは、明らかに雰囲気が違うのです。


 このため、北の大地で自然と戦う住民としての連帯感も、函館は北海道の他地域と比べ、比較的希薄です。
 ですから、総じて「函館は北海道らしくない」といえば、そうなのです。
 そこが・・北海道で、何となく孤立したような函館の雰囲気にも繋がっています。
 他の地域とは共通点のない存在・・一言でいえば、函館の街自体が、「孤独」なのです。


 今の函館は、少し観光地や繁華街を外れた場所では、途端にさびれ、すたれています。・・はっきり言えば、うらぶれています。


 さらに、日中、函館の街角で見かける老人達は、比較的、単独の老人が多い気がします。そして、本州の都市部とは違い、洒落たご老人もおらず、そして、二人、三人と連れ立って歩くご婦人の姿も、ほとんど見当たりません。


 これも函館の特徴です。
 昔の函館の栄華を知るお年寄りなどは、「孤高」という言葉そのままに、今も生きているのかもしれませんね。

 

 石川啄木が詠った、「東海の 小島の磯の白砂に 我泣きぬれて蟹とたわむる」


 これも、孤独と背中合わせの歌です。


 その歌を詠んだといわれる大森浜から、函館山を見てください。

 その函館山も「孤独」だと思いませんか。

 

 その港町特有の、赤錆の浮いたような寂しさ、孤独感も、次の観光で味わってみては如何でしょうか。

 これが今回、お伝えしたかったことです。
 函館の、時間の流れが澱んだ感じも、是非楽しんでみてください。

 

 函館山に登ったついでに、ちょっと足を延ばして、旧函館山砲台跡から「孤独」に浸って津軽海峡を見る。


 立待岬から青森県下北半島を見て、当時の人たちの望郷の念とも通ずる「孤独」感を感ずる。


 外人墓地に行って、生まれ育った祖国の地を踏むことなく、異国の地で命を落とした人達の「孤独」に思いをはせる。

 

 函館とは、何かしらそのような「形の違う孤独」に支えられ、発展してきた街で、それを今の函館も背負い続けている・・、函館はそんな街のような気がします。

 

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函館 裏ベイエリアのレンガ倉庫