函館のアイヌに関する残念な出来事

 今回は、函館のアイヌの歴史上、過去に起こった災害や事故ではなく、どちらかと言えば、歴史に翻弄されたアイヌの残念なお話を2つ紹介します。
 明るい話題ではありませんが、アイヌに関する歴史上の残念な事実です。

 

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トラピスチヌ修道院から望む函館山

アイヌと和人

 アイヌは、昔から東北地方北部から北海道(蝦夷が島)、樺太(サハリン)、千島列島に及ぶ広い範囲で生活しており、そこをアイヌモシリ(人間の住む大地)として住んでいました。

 北海道ではアイヌたちの長い歴史がありましたが、そこに和人たちが来て15世紀にはコシャマインの戦い」、17世紀にはシャクシャインの戦い」が起き、和人との戦いが数多く起こります。
 そしてその後、次第にアイヌも和人社会に吸収されて行くことになります。

 「シャクシャインの戦い」では、江戸幕府は、最終的にシャクシャイン一味を誘い出して、和議をすると偽って酒宴を行い、酔いつぶれた所でアイヌの首領達を殺し、戦いを平定しています。
 これは、何か、「古事記」や「日本書紀」の物語の記述を彷彿とさせるような、我が国古来のオーソドックスな策略ですが、・・筆者は、少々やるせない気持ちにもなりました。
 
 さて、筆者は、過去のブログで、「ボストンと函館の類似性」について若干述べました。
 現在、米国では新大陸に来た移民が統治権を持ったため、現状、アメリカ先住民が、「インディアン居留地」を与えられ、米国内で部族政府を作って、それなりの自治を行っているところもあるようです。


 一方、北海道の「アイヌ」は、現在では日本の社会に同化してしまい、北海道やその他の地域で「日本人」として生活しているのがほとんどです。
 その原因として、「北海道旧土人保護法」という法律を明治政府が制定したことが挙げられます。ここでいう「土人」とはアイヌのことで、その「保護法」とは名ばかりで、「土地の没収」「漁業・狩猟の禁止」「アイヌ固有の習慣風習の禁止」「日本語使用の義務」「日本風氏名への改名による戸籍への編入」などを定めたものです。

 これでは、アイヌアイヌらしい生活を保障されるのは不可能です。

 この法律は1997年に廃止されましたが、これが現在のアイヌの残念な状況を生んでいると考えられます。


 特に函館の場合、現在、世界文化遺産にも登録しようとしている「縄文文化」を生んだアイヌの土地であった「宇須岸(箱館)」に和人が来て、その後、統治(松前藩江戸幕府、そして新政府)したことは歴史上の事実です。

 したがって、アイヌとの関係や文化上の整理も必要な活動かと考えます。

 これらのアイヌ関係の情報については、現在、「北方民族資料館」(末広町)に、豊富な資料と共に詳しく展示されています。
 是非、訪れてみてください。 http://www.zaidan-hakodate.com/hoppominzoku/


 また、アイヌについては、明治時代頃から様々な研究がすすめられていましたが、これがとんでもない事件を生むことにもなります。

 

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函館北方民族資料館


 

アイヌ人骨盗掘事件

 国際貿易港としての開港以降、箱館に諸外国の領事館が置かれると、それらの諸外国から、箱館付近の「アイヌ」は特異な存在として注目を浴びました。
 そこで起きたのが「アイヌ人骨盗掘事件」です。

 それは、箱館駐在の英国領事館員によって行われた、人類学研究の資料としてのアイヌ人骨の盗掘でした。(筆者の趣味でもある人類学ですので、余計に残念です。)


 1865年、当時の英国領事館員3名が日本人の使用人を伴って、森村(現在の森町)のアイヌの墓を盗掘して、男×1、女×2と頭蓋骨1個を盗み取り、これを領事館に持ち帰り、英国に送ったそうです。
 これが発覚しなかったため、再度、英国領事館員たちはアイヌ人骨の盗掘に向かいます。当時、外国人には「箱館を中心として10里以内」に限られていましたが、彼らはこの「禁」を破って、このアイヌ人骨盗掘に向かいます。


 彼等は、合計13体ものアイヌ人骨を盗掘しますが、悪いことはできないもので、この犯行をアイヌの子供たちが目撃していました。そして、翌日、そのことを聞いた村の年寄りはこれを公訴することにし、箱館奉行所に訴えました。

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函館奉行所五稜郭公園内)

 当然、これを聞いた箱館奉行は英国大使館に向かい、英国領事と交渉を開始します。

 しかし、領事以下は、当初から江戸幕府官憲を軽視している様子で、誠意のない態度に終始します。奉行は、毅然とした態度でこれに処しますが、結果、アイヌ人骨はかなりの数が英国に送られてしまいました。

 現在でも、「英国大英博物館は、世界からの略奪品の博物館だ」などと揶揄する人もいますが、まさに「アイヌ人骨盗掘事件」も、その実態を示す証拠の一部かと筆者は思います。
 大英博物館の収蔵庫には、その当時盗まれたアイヌ人骨がそのまま「標本として」保管されているのでしょうか。


 さらに、このアイヌ人骨の盗掘は、英国のみならずドイツも行っていたことが最近分かっています。さらには、研究名目で、国内でも北大や全国各地にアイヌの遺骨が分散しています。

 これは、大変残念なことであり、我が国としての何らかの対応は、国の義務だと考えます。


函館観光リピーターさんへの豆知識

 さて、今回は、函館のオリジナリティ溢れる食べ物を若干ご紹介しますね。

 これらは、函館人が大好きなものですが、どちらかというとテレビ番組の「秘密のケンミンショーのような情報かも知れません。
 そして、このどれもが、いつでも函館のお近くの「大型スーパー」で手に入ります。
 是非、函館観光の思い出にお試しください。決して後悔はしないと思いますよ。これは、保証いたします。

 

「赤飯」
 函館の赤飯は「小豆」ではなく「甘納豆」を入れます。寒い日や、疲れているときには最高ですよ。「小豆」の赤飯は大人の味。「甘納豆」の赤飯は青春の味・・かな?

 

「べこ餅」
 函館の端午の節句では、「柏餅」ではなく「べこ餅」を食べます。「すあま」と似たような味ですが、黒糖ベースの「餅」です。若干硬くなったならば、焼いて温めて食べるとまた格別です。端午の節句のみならず、普通に売っている函館の「ソウルスイーツ」です。

 

「飴せんべい」
 これは、函館の味というより、お隣の青森の名物です。しかし、函館人も大好きで、「南部ゴマせんべい」に「水あめ」をサンドイッチにした素朴なお菓子です。食べた後、口裏に「べっとりと付く水あめ」や、歯にまとわりつく「せんべいと水あめのミックス」状態が発生しますが、覚悟して食べれば・・味は最高です。