函館スピリチュアル

 前回のブログでは、「函館の心〇スポット」について書きました。
 実は、あのブログ記事は、随分昔に、私が奇妙なことを体験したこともあって
参考までに書いたものです。
 ブログ自体は、随分変わったことを書いたので、「なんで、観光ブログにこんなことを書くんだろう」と思った方もいたと思います。
 結論から言えば、やはり、「触らぬ神に祟りなし」です。

 

 ということで、今回は、函館観光とは関係はないのですが、その私的出来事について、少々書きます。
 この手の話が苦手な方は、申し訳ありませんが、今回、パスして下さい。

 

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アイヌの祟り」

 実は、我が家の家系は、父系が「胃が悪い」という傾向がありました。
 このため、私の祖父と叔父の二人とも、胃の病気のせいで過去に胃を切除していました。
 あれは、ちょうど私が高校性の時です。


 ある朝のこと、突然、耐え難い「激痛」が私の胃を襲いました。まさに青天のへきれきで、その時、私は、まさに七転八倒しながら苦しみました。
 そして、何とか痛みが治まってから「家系的なものだから仕方がない」と、半分あきらめて病院に行きましたが、診断は「急性胃炎」とのことでした。


 医者から薬をもらって飲みましたが、2週間程度も治らず、苦しみ続けました。
 どういう症状かと言いますと、食事を始めると、その途端、最初に『激痛』が胃を襲うのです。

 すべての食事の度に、最初に一口食べ物を飲み込むと『激痛』が胃を襲う。この繰り返しでした。
 食べる量を変えても、何の効果も、何の変化もありませんでした。
 これは、今まで体験したことのない、「食事をする恐怖」です。

 そして、最初の数分の激痛が終わると、後は普通の何もない状態に戻るのです。原因不明の胃痛としか言いようがありませんでした。
 しかし、時を置いて、次第に恐怖の胃痛も収まり、そのことも忘れ、私もいつものように普通の高校生活に戻りました。


 それから月日が経ち、私も成人し、家庭も持つようになりました。
 そして、やっと、その胃痛の原因が分かる時が来ました。


 ある夏の日、実家に里帰りしているときに、母親の知り合いという女性の人が、夕方、私の実家にやってきました。
 すると、彼女は、台所に立ったきりしばらく戻ってきません。

 居間にいるこちらから、その姿は見えますので、不思議な感じがしました。
 そして、やおら、席に戻ると彼女は「酒」「塩」「米」「線香」を用意するように、母に告げました。
 母は言われるまま、それらを用意してその方に渡しました。

 彼女は、その後、準備を整え、何やら数分間、お払いの様な事をしていたように記憶します。


 その方は、いわゆる「霊能者」でした。そして、すべてが終わってから我々にこのように話しました。

 あの方が、台所に立ったところ、開け放った窓の外の「赤いバラ」から、突然霊が出てきて、彼女に救ってほしい旨を頼んだそうです。
 当時、我が家の台所の軒先にはどう言う訳か、「赤いバラ」が一本だけ咲いており、それを通じて、地中のアイヌの霊が彼女に訴えたらしいです。

 その内容というのが、「昔、この場所でアイヌ同士の戦があった。そこで、その戦士は、腹部に矢を受けて苦しみつつ死んだ。しかし、その霊は未だ成仏できておらず、彼女に助けを求めた」ということらしいです。

 その霊能者の方が言うのは、ウチの家系で胃の病が続くのはそのせいで、私が高校時代に耐え難い激痛に喘いだのもそのせいだ、とのことでした。
 その霊能者の方が浄霊したため、それでその件は落着しましたが、何となく複雑な思いがしたものです。


 高校生の私が、まさか函館の市内で「アイヌの祟り」に遭うなどとは、思ってもいませんでした。 合掌

 

「白い霊」

 なんか、段々不気味な様子になってきましたが、気楽に読んでくださいね。


 これは、随分昔、当時、ヤンキーだった中学生の後輩から実際に聞いた話です。

 実は、この話を聞いた後、皆で大笑いし過ぎて、目から涙も出たりして・・大変でした。
 以下は、本人談で、この話は、今から数十年前の函館で起きました。

 

 函館の、ある父親が実の娘を殺害し、その遺体を自宅近くの某神社の側溝に遺棄し、それが発見された、という事件がありました。
 もちろん、事件は直ぐに解決しましたが、それからしばらくして「あの神社の裏通りには、出る」という噂が市内に広がりました。

 

 そこで、元気のいい私の後輩の登場です。
 ヤンキーな後輩は、友人と二人で「肝試し」程度の軽いノリで、ほぼ真夜中にその場所に向かいました。
 当然、彼ら二人は、坂を上り、その遺体のあった側溝の横を通ってから、問題の裏通りに向かうつもりでした。
 しかし、ただでさえ人通りの少ない、照明もまばらな真夜中です。

 

 後輩ら二人は、「なんだ・・全然何ともないな!」などと、若干ビビりつつもブツブツ言いつつ、遺体が見つかった側溝を過ぎ、角を曲がって裏通りへ歩きだしました。
 そうです、ここが例の裏通りになります。

 しかし、どういう訳か、ふと、後輩は何が気になったのか、おもむろに後ろを振り返ってしまったそうです。


 すると、神社の暗闇を背景に、そこには何か『白いぼんやりしたもの』があって、それが『すぅーっ』と、後輩の方に向かってくるのが見えたそうです。


 ところが、そこで、ヤンキー後輩は『ストン』と腰が抜けてしまいました!
 これは、本当に焦ったそうです。

 豪気にも先を行く後輩の友人は、「おい、〇〇(友人の名前)!何にもいないじゃないか・・」と独り言を言いつつ、自分だけポケットハンドでスタスタと歩いて離れて行きます。


 何か後ろからやって来るのに、もう最悪の状況です。
 さらに後輩は、歩けない!
 今にも後ろから『白いぼんやりしたもの』がやってくる。でも怖くて見られない・・。
 そこで、後輩は、必死で両手を動かしつつ、いわゆる『いざる』ような形で逃げようととします。
 当然、後輩は友人の名前を呼ぼうとしました。
 すると、ヤンキー後輩の口から出るのは・・
 『あう、あうあう・・』何と声も出ません!
 腰が抜けて、しかも声も出ないとは・・。
 万事休す。もうダメだと思ったらしいです。


 すると、ここでやっと、前方を行く友人が後輩の方へ戻ってきました。
 まだ、後輩は必死の形相で、『いざり』ながら『あうあう』言っている状態です。


 それを見た友人は、一言「〇〇、お前、何ふざけているんだ?」
 若い時代の友人とは、ひどいもんです。

 後輩は、それでも『あうあう』言って、抱えられるようにして帰って行ったとのことです。


 これは、後日、本人から聞いた話ですので間違いありません。
 さらに、実は、少々失禁もしていたとのことです。

 今回は、観光とは全く関係のない話で失礼しました。
 これで、終わりです。  合掌