函館のマスメディアと50年前の新聞

 函館の50年前の「北海道新聞」が、たまたま実家の荷物の間から出てきましたので、今回は、それも後半で紹介しますね。 

函館のマスメディア

 その前に、函館観光に来て、ドライブで観光地を訪れるとき、「FM放送をレンタカーで聞きたいけど、どこがどうなのか分からない・・」という方も多いと思いますので、最初に函館のFM局について説明します。

 

1 NHK FM 北海道   87.0 khz 
2 FM NORTH WAVE   79.4
3 AIR-G’            88.8   (FM東京系)
4 FM いるか            80.7

 

 以上、函館で聞けるFM放送は、4局ですが、最後のFMいるか」は、FMコミュニティ局で、函館山ロープウェイ山麓駅の中に「オープンスタジオ」もあります。


 もし、函館山ロープウェイを利用する時など、近くまで行ったならば覗いてみるのも面白いかもしれませんよ。
 http://www.fmiruka.co.jp/openstudio/

 

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FMいるか (山麓駅オープンスタジオ)

 次に、AM放送ですがNHKHBCSTVの放送が受信できます。でも最近はAM放送を聞く人は少ないようですので、紹介はここまでとします。

 それと、地元新聞は北海道新聞函館新聞の2紙があります。

 

 そして、民間TV局ですが本州のメジャーTV局に対応するのが、次の5局の組み合わせです。

 

1 北海道テレビ  HTB  → テレビ朝日 系
2 テレビ北海道  TVH  → テレビ東京 系
3 札幌テレビ   STV  → 日本テレビ 系
4 北海道放送   HBC  → TBS系
5 北海道文化放送 UHB  → フジテレビ系

 

 函館観光を終えて、ホテルに疲れて帰っても、地元のチャンネルと随分違う番組をやっていて戸惑うかもしれません。
 時には、1週間遅れの番組を放送・・なんてこともありますが、それはそれで、楽しむのも旅の一興かと思います。

 

 最後に、函館観光に来て、映画館に行くような奇特な方はいないと思いますが・・函館には現在、映画館は2館しかありません。


 それが、「シネマ太陽函館」と「シネマアイリス」です。
 なんとも、寂しい限りです。


 ところが、50年ほど昔には、函館には10数館の映画館があったのです。 

50年前の北海道新聞

 これが、その新聞で、下の方の画像が当時の映画館の上映広告です。

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50年前の「北海道新聞

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映画館の上映広告

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映画館上映案内

 たった、20数万人の人口の市に、これだけの映画館はさすがに多すぎますね~。
 それで、色々な事情があり、現在は2館にまで映画館は減ってしまいました。


 昔の映画館は、上の画像でも確認できますが、「2本立て」「3本立て」の上映は当たり前で、映画館も現在と違って、上映後の「観客の入れ替え無し」でした。


 私も、当時、好きな映画でしたら、同じ映画を2回見たことなどはざらでしたし、後ろの方では寝ている人もいました。・・平和な時代でした。

 

 ついでに、当時の新聞にあった、当時の文化を忍ぶ広告をお知らせします。
 これは、現在の「パナソニック松下電器の、「ナショナル 2層式洗濯機 うず潮」です。

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ナショナル洗濯機の広告

 この新聞には、さらに驚くような記事もありました。
 それが、これです。

 

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馬車の交通事故の記事


 「馬車の夫婦死傷」という、当時の交通事故の記事です。

 当時の、函館市郊外では、まだ馬車が走っていたようです。


 そこで、この記事を見て、私は昔、母から聞いた話を思い出しました。
 母が子供の頃、当時は船見町という、函館西部の函館山の方へ少し上がったところに住んでいました。


 その頃のトイレといえば、もちろん「汲み取り式」で、その「人肥」を樽に入れて馬車で回収してあるくのが当たり前だったとか。
 ところがある日、その「肥」を満載した馬車が、ちょうど、現在もある「弥生小学校」横の「弥生坂」を下っていたそうです。


 しかし、突然、どうした訳か「肥樽」を満載した馬車のブレーキが利かなくなり、馬車が暴走したそうで・・。
 そして、そのまま諸共、ちょうど「弥生小学校」の向い角の質屋さんの方に突っ込んで行ってしまい、お陰で辺り一面は、「肥」だらけになったとか・・。


 それからしばらくというもの、その辺りは「肥」の臭いが取れず大変だった、と母は話していました。


 なんか、その情景が目に浮かぶようですね・・。
 本当に大変だったと思います。

 それも昔の函館の姿です。


 私は、今でも、弥生小学校横の「弥生坂」との交差点信号を通るたび、その「笑えない状況」を時々思い出してしまいます。


 さて今回は、最後に大変「尾籠」な話で失礼致しました。 馬車の方々に、合掌。