函館に関係する国民の祝日

 我が国の元号も、平成から令和になったばかりで、令和天皇陛下に関連する話題が多い毎日ですね。誠におめでとうございます!
 それにちょっとあやかって、今回は、天皇陛下や皇太子殿下と函館市に関係する内容です。
 そして、これは国民の祝日にも関係する話題でもあります。


 時代は、百数十年前のお話になりますが、過去、函館にも明治天皇陛下や大正天皇が皇太子殿下の時に訪問されています。


 まず、明治天皇陛下は過去3度、函館をご訪問(行幸)されています。一度目は、明治9年(1876年)7月に、旧函館税関(現、海上自衛隊基地隊)から上陸され、函館市内や桔梗、七飯方面を回られた後に、再度函館からご出港され、7月20日に横浜にご到着されました。


 二度目は、明治14年に来道され、小樽からご上陸され、函館からご出港されて東北地方に向かわれました。


 実は、この一度目の「7月20日」という、明治天皇陛下が函館をご出港されて、横浜に御到着された日が、後に「海の記念日」になります。
 そして、これが平成に入ってから「海の日」として国民の祝日になり、現在は、祝日法の改正によって第3月曜日にされた訳です。
 ちなみに、「海の日」を国民の祝日にしているのは、世界の国々の中でも日本だけだそうです。


 そして、その「明治天皇御上陸記念碑」は、函館西部地区のベイエリアにあります。
 その場所は、ちょうど「元町公園」から下りてくる、「基坂」の下にあたり、元町公園からは「ペリー提督来航記念碑」、「宇須岸館跡」を左手に見て下り、市電の線路を越えたところに建立されています。


 この記念碑は大理石製のもので、記念碑最上部には、地球儀の上に青銅製の鳳凰が翼を広げた形で載っています。ただ、残念ながら、この場所の情報はグーグルマップには載っていませんが、分かりやすいので是非訪れてみてください。

 

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明治天皇御上陸記念碑(函館市公式観光情報から)

 
 天皇陛下が外出されることを「行幸(ぎょうこう)」「御幸(みゆき)」と言います。このため、行幸や御幸にちなんだ名称は全国各地にあります。
 その中でも一番有名なのが、実際のお住まいである皇居から東京駅に向かう通りで、この通りを「行幸通り」といいます。


 一方、太后様・皇后様・皇太子様などが外出されることを「行啓(ぎょうけい)」といいますが、この「行啓」にちなんだ地名というのが、国内では案外少ないのです。


 実は、この少ない「行啓通り」という名称が、大正天皇陛下が皇太子時代に北海道を行啓された際にちなんで、北海道の函館市と札幌市の両市にあります。
 函館の場合は、市電が通る五稜郭交差点から五稜郭公園までの間を「行啓通り」といいますが。これは、当時の皇太子殿下の「行啓」にちなんだ名称です。


そして、この「皇太子殿下行啓記念碑」は、元々は、元町にありましたが、現在は移設されて「道立函館美術館」の敷地内にあります。

 

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皇太子殿下行啓記念碑

 この記念碑の場所は、観光名所でもある五稜郭公園の入り口の近くの場所ですが・・、ちょっとわかりづらいかも知れません。


 今回は、函館の「行幸」「行啓」と「海の日」の話題でした。