函館の「孤独」を観光する

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函館 市民の森公園の水芭蕉

 

 何か唐突かつ抽象的なテーマで、驚かれた方もいるかと思います。


 今回は、「リピーターための函館観光」でありながら、実際、直接観光とは結び付かないことも書いてしまうかもしれませんが、ご容赦くださいね。


 函館という街の歴史やその魅力に関しては、今まで随分と書いてきました。
 江戸時代の箱館から、開港を経ての幕末、明治時代そして現在まで・・。

 

 そして、観光リピーターの方の中にも、何度か函館に来てみて、観光ガイドには記述がない、様々な魅力に気付かれた方も多くいると思います。

 

 その中で・・
 「あれ・・この街は、何だろう・・何かがちょっと違う」と。
 確かに、函館は、他の北海道の街とは何かしら違いますね。
 それはなぜでしょう。
 それが、今回のテーマ、函館の「孤独」を観光する・・に続きます。

 

 実際、私も、過去、北海道の他地域の友人から・・
 「函館ぇ~、・・あそこは北海道じゃない。あそこは、北東北の一部だべ」

 そんな声を何度か耳にしたことがあります。


 そして、これは実際、今回の『キーワード』・・函館の「孤独」とも関連します。
 実は、函館や松前江差など道南の街と、内陸部の札幌や旭川などとは、明確に違う点があるんです。


 それは、簡単に言えば「函館や道南の街は、入植地ではない」ということです。
 入植地とは、明治時代、屯田兵が開拓したり、本州のある地域から集団で移住し、開墾し、住み着いたりした土地のことを言います。
 道南以外の北海道は、だいたいがそういう場所で、地域の名称も、元々の出身地にちなんだものをつけている市町村も、実際にあります。

 

 その点、函館は事情が異なります。
 函館は、江戸時代の箱館から、歴史を背景に、勝手に発展した街です。

 したがって、明治政府が力を入れて開墾した地域とは、明らかに雰囲気が違うのです。


 このため、北の大地で自然と戦う住民としての連帯感も、函館は北海道の他地域と比べ、比較的希薄です。
 ですから、総じて「函館は北海道らしくない」といえば、そうなのです。
 そこが・・北海道で、何となく孤立したような函館の雰囲気にも繋がっています。
 他の地域とは共通点のない存在・・一言でいえば、函館の街自体が、「孤独」なのです。


 今の函館は、少し観光地や繁華街を外れた場所では、途端にさびれ、すたれています。・・はっきり言えば、うらぶれています。


 さらに、日中、函館の街角で見かける老人達は、比較的、単独の老人が多い気がします。そして、本州の都市部とは違い、洒落たご老人もおらず、そして、二人、三人と連れ立って歩くご婦人の姿も、ほとんど見当たりません。


 これも函館の特徴です。
 昔の函館の栄華を知るお年寄りなどは、「孤高」という言葉そのままに、今も生きているのかもしれませんね。

 

 石川啄木が詠った、「東海の 小島の磯の白砂に 我泣きぬれて蟹とたわむる」


 これも、孤独と背中合わせの歌です。


 その歌を詠んだといわれる大森浜から、函館山を見てください。

 その函館山も「孤独」だと思いませんか。

 

 その港町特有の、赤錆の浮いたような寂しさ、孤独感も、次の観光で味わってみては如何でしょうか。

 これが今回、お伝えしたかったことです。
 函館の、時間の流れが澱んだ感じも、是非楽しんでみてください。

 

 函館山に登ったついでに、ちょっと足を延ばして、旧函館山砲台跡から「孤独」に浸って津軽海峡を見る。


 立待岬から青森県下北半島を見て、当時の人たちの望郷の念とも通ずる「孤独」感を感ずる。


 外人墓地に行って、生まれ育った祖国の地を踏むことなく、異国の地で命を落とした人達の「孤独」に思いをはせる。

 

 函館とは、何かしらそのような「形の違う孤独」に支えられ、発展してきた街で、それを今の函館も背負い続けている・・、函館はそんな街のような気がします。

 

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函館 裏ベイエリアのレンガ倉庫